そうか、先延ばししていたんだ。 ―スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考

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スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考 ジョン・ペリー著 花塚恵訳 東洋経済新報社

 

 

イグノーベル賞を受賞した、スタンフォード大学哲学名誉教授ジョン・ペリー先生の世界的ベストセラーだそうです。

この手の本は滅多に読まないのですが、図書館へ立ち寄ったときにふと目に留まったので

「図書館だし、まあいいか」

と読んでみることにしました。

もうここで、「まあいいか」と手にとっている時点で、この本のテーマとも言える「先延ばし癖」が出ています。

本来やるべきことや読むべき本を差し置いて(先延ばしして)、全然関係のないことをやろうとしているのですから。

でも、本書はそんな「先延ばしやさん」に先延ばしの達人(?)である著者が、優しくユーモアとウィットに富んだ筆致で「先延ばしはそんなに悪いことじゃないよ(良くもないけど)」と語りかけてくれます。

 

先延ばしとは?

 

先延ばしってなんでしょうか?

著者の言葉を借りると「いつまでたってもやるべきことに取りかからないこと」です。

例えば、テスト前なのにテスト勉強をしないで掃除をするなんて典型的な先延ばしです。

 

そうか、わたしも先延ばしだと気づいた瞬間(わかってはいたけど)

 

この本がぱっと目に留まって手にとるくらいです。

そう、わたしも典型的な先延ばしやさんのひとりです。

締め切りの直前になるまでエンジンがかからない。

計画的にやればいいのに、それはわかっているのに、夏休みの終盤に泣きそうになるあのタイプです。

ちなみに、いまこの記事を書いているのも、まさに本来やるべきことの先延ばしのためにしています。常習犯です。

 

 

先延ばしやの心理

 

著者も言うように、先延ばししたくないわけではないのです。

先延ばしやの多くは「完璧主義」と「罪悪感」が併存しているそうです。

頭のなかでは、合理的にやるべきことをこなす完璧なイメージがあるにも関わらず、現実は先延ばしして特にいまやらなくて良いことに時間を費やし、後から「しまった、ちゃんとやっておけば良かった」と後悔するし、罪悪感も起こります。

このループを何度も繰り返していてわかっているのに、いやわかっているはずなのに、何度もまた繰り返してしまうのです。

 

 

先延ばしの発想転換

 

著者は先延ばしやであるにも関わらず、勤務先であるスタンフォード大学で高い評価を受けていることで先延ばしのひとつのメリットを見出します。

そこで私は、重要な仕事に着手する代わりに、この難問について考えを巡らせ始めた。そして、自分は何かを先延ばしにする代わりにほかの多くのことを成し遂げる人間なのだと気がついた。つまり、私の先延ばしは「意義のある先延ばし」なのだ。(P3 はじめに)

つまり、先延ばししているあいだに取り掛かっていることが、後々生きてくることもあるのです。

人間は、合理的であればもっと効率的にいろんなことを成し遂げられるはずなのに、なぜかうまくいかないことがあります。

しかしそこが実は大切なのかもしれません。

「急がば回れ」と言うではありませんか。

 

でも先延ばしは正当化しないほうが良い

 

著者はベテランの先延ばしやですが、それを正当化はしていません。

著者曰く「縦型」(先延ばしやの真逆を生きる人)の素晴らしさもちゃんとわかっています。

もちろん締め切りはちゃんと守ったほうがいいし、計画的にできることはそのほうがいい。優先順位の高いものからタスクをこなしていくのは、定石です。

でも「横型」(先延ばしや)は「縦型」では生きられないだけなのです。

なら先延ばしやは先延ばしやで、やれることをやっていこうというのが本書のスタンスです。

 

 

この本を読んでみて

 

わたしも結構何事も取り掛かるのが遅いのですが、それが「先延ばし」だったんだなと改めて気づきました。

でもこの本のおかげで罪悪感が少し減って、気持ちが楽になりました。

そして先延ばしをして別のことをやっているとき、ちゃんとそこには意義があるんだともう少し明るく見ていこうと思いました。

 

あと、やっぱり何事もユーモアが大事ですね。

わたしは哲学は存じ上げないので、著者の功績は全くわからないのですが、著者の文章に漂うユーモアのセンスが、とても素敵です。さすがイグノーベル賞を受賞されただけのことはあります(笑)

これくらいの柔らかさを持って、これからも堂々と先延ばししていこうと思いました。

 

 

 

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