▽前編のお話。
この2冊は、直接の繋がりはないのですが、個人的には似たテーマがあると思いましたので、連続で取り扱うことにしました。
本書の紹介
本書は、アメリカのホスピスで音楽療法士として働いていた著者の体験をもとに綴られています。
ホスピスという死を目前にして過ごす場所で、音楽療法を媒介にしながら、日本人である著者がアメリカ人と出会うこと。
そういったいくつもの条件が重なって、自発的に語られた物語が、戦争であったこと。
ここでの戦争は、第二次世界大戦ーー主に太平洋戦争を指します。
アメリカ人の口から、先の戦争について語られることを目にしたことは、おそらく日本人のそれよりもずっと少ないのではないでしょうか。
そして、もう死を目前にしても、戦争の爪痕はその人のこころに深く鋭く残っている。
本書には、様々な立場の人の物語が記されています。
直接戦地に赴いて生き残った人もいれば、間接的に関わった人、大事な家族が戦争で捕虜になった人、戦争で生まれた地へ帰れなくなった人。ほんとうに様々です。
それらは、最初から最後まで一貫するストーリーで語られたのではなく、断片であることも多いです。
例えば、歌のワンフレーズのような。
ホスピスですから、聴き手にとって十分と思えるやりとりをせずに亡くなられたこともあるでしょう。(話し手にとってどうだったかは、本人にしかわかりません)
そこを、まるでそのワンフレーズから曲を再現するように、著者はその背景についても補足を入れながら本書ではわかりやすい言葉で語ってくれています。
戦争がもたらすもの
「第二次世界大戦中、なんらかの心理的な問題を抱えた兵士は、およそ百三十万人いたそうだ。終戦から二年後、退役軍人病院のベッドの半数が、「見えない傷」を負った患者で埋まった。うつ状態、繰り返し起こる悪夢、罪悪感、爆発的な怒り、不安など、今でいうPTSDの症状に苦しむ退役軍人は、実際にはとても多かったのだ」(P34 第一章 良い戦争という幻想)
PTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉が登場するのは、ベトナム戦争の後です。
でも、それはそれ以前にPTSDがなかったという意味ではありません。
例えばヨーロッパでも、第1次世界大戦のあとに「戦争神経症」が精神科医のあいだで問題視されていました。
戦争が人のこころに及ぼす影響について、わたしはそこまでなのだとつい最近まで知らなかった。
村上春樹さんの「猫を棄てる」に登場する春樹さんのお父さんも、そういった「見えない傷」を負ったひとりだったのかもしれません。
そして、そういう人は、数えきれなくらい、たくさんたくさんいたのです。
戦争は、非常事態だから、そういったなかで殺人が行われるのはある意味で当然のことだろうと考えている自分がいました。
そんなわけないよね。
だって戦争がなければ、その戦っている人たちは、わたしたちと同じように普通に家庭があり、仕事があり、余暇を楽しむ人たちだったのです。
むしろ、正常でいられなくなるのが正常なことだと思う。
集合的記憶と忘れられること
本書では、さまざまな観点から第二次世界大戦を見つめています。
そこでは、率直に著者が「知らなかった」ことを述べています。
例えば満洲での日本人の行いについて、忘れられないと語る女性の話。(これは、著者が日本に帰ってからのエピソード)
「集合的記憶」は、社会が共有して語り継がれる記憶。
一方で、自分たちにとって不都合な真実は、人は忘れたい傾向にあるので「忘れたい記憶」になりやすいのだそうです。
被害者はいつまでも忘れられないのに、加害者はそのことを覚えてないのは、日常でもよくあることです。
それらには、聞いたけど忘れたこともあれば、例えば教科書から削除されてしまって知らなかったこともあるでしょう。
学校で習ったことは、授業で聞いても、それ以上のことは自発的に調べないと入ってきません。
そう思うと、歴史の教育の重要さが身に滲みますね。学生時代は一片たりとも思わなかったけれど。むしろ戦争のテーマは、重くて好きじゃなかったけれど。
例えばわたしは、大学生のころにアウシュビッツやホロコーストについて個人的に気になって、一時期それ関連の本を貪るように読んだことがあります。
その経験がなければ、アウシュビッツのことは今でもよく分かっていなかったと思う。
アンネ・フランクのことは知っているけれど、なんとなくそんなことがあったくらいのぼんやりしたものでしかなかった。
そういうものの積み重ねが、忘れられた記憶を取り戻す(手に入れる?)ことなのかな。
でも、どこまでそれをやるかは、とてもむずかしい。
教育ですべてを補うことはできないから、やはりとっかかりを、道筋をつくることが大事なのかな。
「なんとなく知っている」だけでも、そこから自分で調べていくことはできるから。
そういう意味で、これを読んだ人が、これをきっかけに何かとっかかりになってくれると良いなと思います。とても小さな声ですが。
「「責任」や「謝罪」は、それを認める(あるいは要求する)前に、物事の因果関係を徹底的に調査し、内省することが必要だ。それが真の意味での理解や和解につながるのではないかと思う。」(P244 補填)
今更ですが、前オバマ大統領が広島を訪問したことの大きさを考えます。
結び
本書をきっかけに、自分が知らないことがまだたくさんあると知りました。
全部を知ることは、まあ土台無理な話なのですが、もっといろんな視点から世界を眺められる人になりたいなと思いました。
無知であることほど、怖いことはないのです。
そして、無益なことでその人の人生が台無しにされない世の中になるといいなというのが、わたしのささやかな願いです。
関連情報
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本書と直接関係はありませんが、トラウマについて興味のある方は。専門書ですが、アメリカではペーパーバックで発売されています。中井久夫先生の名訳です。
トラウマが身体に及ぼす影響について。
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