受験勉強と子どものこころ「車輪の下」ヘルマン・ヘッセ

小説
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ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」といえば、学校の国語の時間に覚える常連さんです。

まあ、実際に国語の時間に覚えた有名な作家さんの作品を読むかといえば、読まないことも多いかと思います。(というか、読まない人がほとんどじゃないだろうか)

 

わたしもその例に漏れず「ヘッセ?   ああ、学校で習ったなあ」と、その程度の認識です。すみません…

だから、今回がヘッセを読むのは初めて。読んだのも、いろんな偶然が重なって「ヘッセでも読んでみるか」となったのです。

 

読んでみて思ったのですけど、面白いですよ、ヘッセ。

ぜひ親御さんや学校の先生に読んでほしい。若者が読んでも面白いです。

 

まあ、ワッハッハと笑う面白さではありません。アイロニー的な面白さです。

 

名作は、時代を経てもその瑞々しさを失わないんだなあ。

 

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物語について(ネタバレあり)

物語のあらすじ

主人公のハンスは、とても魅力的な人物です。聡明で、それでいながら豊かな奥深さがあります。素直で良い子です。世界の美しさや豊かさを享受する才能があります。

このお話は、そんな可能性をいっぱい秘めた豊かな感受性を持った子どもが、いかにして壊れていくかを描いた物語です。

 

困ったことに、そこには悪意がないのです。大人たちは、みんな彼に良かれと思って自分たちが正しいと信じることを彼に押しつけます。

子どもであるハンスは、それを取捨選択する術を知りません。しかも素直で良い子だから、それに応えようとがんばってしまいます。

 

物語のなかで、大きく占めるのは神学校の存在です。ハンスの身分からすれば、神学校に入ってゆくゆくは牧師か教師の道へ進むのは、大出世です。

だからハンスは周囲の期待も一身に背負って、最初は勉強をものすごくがんばります。がんばりすぎるほどがんばります。

 

ここで、受験勉強と子どものこころを取り扱った作品通して、ハンス少年と別の作品の違いはなにかを考えてみたいと思います。

 

「赤毛のアン」を通して

ハンスの悲運の一端は、彼を守り慈しむ母親(母親がいるからって、必ずそれがよく働くとは限らないけど)の不在です。

「赤毛のアン」では、アンがクイーン学院の受験に向けてめいっぱい勉強します。

当時は地元の学校を卒業して終わりの人がほとんどの時代に、上の学校(いまの高等学校〜大学くらい?)を目指せるのは、頭の良いひと握りの人だけでした。教師を目指すか、家庭が裕福でないと受験するに値する理由はなかった時代です。

例えば、アンの親友のダイアナは受験していません。

 

ある医者が、保護者であるマリラに「この子は夏は勉強させないで遊ばせたほうが良いよ」と進言します。

マリラはこの助言を重く受けとめます。というのも、この助言を聞かないと、きっとアンは肺病になると悟ったからです。

この時代の肺病は、死に至る恐れもある重い病です。

 

結果、アンは夏休みは勉強道具を全部しまって、アヴォンリーの豊かな自然と気の置けない親友、友人たちとの楽しい時間を思う存分満喫します。夏の終わりには英気を蓄え、いつにも増して勉強へのやる気をみなぎらせて、受験勉強にまた励みました。

 

マリラが医者の進言を聞いてなかったら、お受験に燃える教育ママみたいに「なに言っているの、この間にライバルたちはもっと勉強して先へ進むのよ。この夏が勝負なのよ!」と叱咤激励していたら、発言権の低いマシュウ(マリラの兄)なんてイチコロです。

 

「赤毛のアン」は違った結末を迎えていたかもしれません。

 

「リトルプリンス 星の王子さまと私」

4年前あった、映画「リトルプリンス 星の王子さまと私」を思い出しました。

この作品も、主人公の女の子は受験に向けてがんばります。毎日を規則正しく無駄のないスケジュールでこなします。

女の子にとって幸か不幸か、隣人は星の王子さまに出会ったことのある元飛行士のおじいさんでした。

この作品も、勉強でカンヅメされることの弊害がユーモラスに描かれています。

 

ちなみにわたしは、この映画で、おじいさんが「パンケーキを食べに行こう」と女の子を誘い、オンボロ車で出かけるくだりがお気に入りです。

その数分後、とてつもなく厳しい現実に直面するのですが、一瞬彼らは本当に幸せそうなのです。その一瞬は、永遠といってもいいほど幸せを切り取った描写でした。

 

再び「車輪の下」に戻って

不幸なことにハンス少年は、自分を気遣ってくれる母性的存在に恵まれず、子どものキラキラしたこころの大切さを教えてくれる元飛行士のおじいさんの隣人もおらず、落ちぶれていきます。

なんというか、いろんな意味で彼はついていません。ほんの小さなズレが、やがて大きな亀裂を生むように、ボロボロになります。

 

「リトルプリンス」の元星の王子さまのように、社会の荒波に迎合することもなく、結末を迎えます。

 

ある意味で、彼は自分のこころの綺麗な部分を最後に守ったかのようでした。しかしその代償は、あまりに大きい。

 

結び

別に熱烈な受験勉強反対派というわけではありません。でも、たまに「なんだかなあ」と思うことはあります。

人には過酷な受験勉強よりも大事なことも確かにあって、それは子ども時代の一瞬にしか得られない宝石の原石のようなものです。

批判を承知の上で書けば、勉強はしようと思えば後からでもできるけど、その貴重な原石は、後から手に入れようと思っても一生手に入らないのです。

 

象を丸呑みしたウワバミを思い浮かべられる(※)大人になってほしいじゃないですか。そうしたら、世のなかはもう少し、他者に優しい世界になると思うんだけどな。

※「星の王子さま」の冒頭。

 

関連情報

 

▽ついでに紹介。「赤毛のアン」の記事です。

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