ミトラの出会いから宗教を考える「古代オリエントの宗教」青木 健

小説以外

今回は宗教についての本です。

最初に断っておきますと、わたしは世界史にも宗教にも疎いので、無知さから適当に書いているかもしれません。好奇心の芽で思索しているところです。

 

この記事の流れとして

  1. 導入:ミトラ教との出会い
  2. 本書の感想
  3. 派生して日本の隠れキリシタンの聖書ストーリーをちょこっとだけ
  4. 日本の宗教についてちょっと考えたこと

という流れで書いています。

 

この本を読む前に、ミトラ教との出会い

ある日、本を読んでいたら「ミトラ教」という言葉が目に飛び込んできました。

 

「ミトラ教ってなんだ?」

 

その手の教養が浅すぎて、ググってみたけどちっともピンとこない。

というわけで、図書館で借りてきた本がこちら。

 


ミトラの密儀 (ちくま学芸文庫)

 

これが未知の世界すぎて内容がさっぱりよくわからない。

読みながら舟を漕ぐこと数十回。一応(ほんとうにいちおう)、最後まで読みました。

 

とりあえずミトラ教が、牛を屠る神様がいて、それは密儀(こっそりとやっていた儀式)だったことはわかった。それ、表紙を見ればわかることなんだけど。

最後のほうの解説でピンと引っかかった文章がありました。

 

「キリスト教の非妥協的な価値観、深く根づいた偏見に対する戦い、さらにはそれがもたらすことのできた積極的な希望が人々の心を捉えた」(「ミトラの密儀」P174から引用)

 

ミトラ教は、他宗教にも比較的寛容で、一時期はローマ帝国でキリスト教にも肩を並べるほどの存在だったとも言われています。

 

このブログではこの本の感想は取り上げなかったんだけど、この牛を屠る神様とそれを密かに地下で儀式をしていた人たち、そしてそれがなぜか一時期多くの人に信仰されていたという不可思議さに、もっと調べてみたいと思いました。

 

 

というわけで、今回の本書を読んでみることにしました。

 

「古代オリエントの宗教」


古代オリエントの宗教 (講談社現代新書)

 

ゾロアスター教やイラン・イスラーム思想を専門とする著者が、「聖書ストーリー」と「各民族の神話ストーリー」がどのように邂逅しそして後者が衰退していったのか、という切り口で解説しています。

もともとは、大学での講義がもとになっているそうです。

 

この先生の授業はきっと面白いんだろうなあと想像されるくらい、文章が軽妙で面白く読みやすいです。新書なのもあると思うんですが、わたしみたいな初心者でも「ふむふむ」と時々「くすくす」と笑えるような文章でした。

古代オリエントの宗教をざざーっと知りたい人にはおすすめです。

 

この本で取り上げているのは

  • マンダ教(1~2世紀メソポタミア)
  • マーニー教(3世紀メソポタミア)
  • ゾロアスター教ズルヴァーン主義(3~8世紀イラン)
  • ミトラ信仰とアルメニア正統使徒協会(4~5世紀アルメニア)
  • イスマイール派、グノーシス主義(8~10世紀のメソポタミア)
  • ザラスシュトラ(9~13世紀イラン)

 

一部宗教名ではないのもありますが、ざっとこんな感じでしょうか。

 

軸にあるのは、聖書ストーリー(旧約聖書、新約聖書)がこれらとどう関わったのか。

聖書ストーリーの力や、なんとすごいことなんだろうと思いました。

現在でも、世界でいちばん読まれている書物と言われるくらいですものね。

 

ミトラ教について

ミトラ教って資料がほとんど残っていないそうなんです。

だから本書ではそんなに多くは触れられていないのですが、各地域で怒涛の勢いで(数百年規模なんだけど)聖書ストーリーが押し寄せてくるなか、ミトラ教は聖書ストーリーとは折り合わず独自の道を歩んで衰退していったそうです。

「このミトラ信仰は、誰かが遠大な志や綿密な布教計画を立てたというわけでもなく、紀元前後の頃からこの地方に出没するようになったローマ軍兵士や海賊などを通じて、自然と地中海世界へ流入したらしい。(中略)不思議にもミトラ信仰だけはローマ帝国内で肥大化し、それとともに特異な密儀宗教としての儀式も整えた。すなわち、地上の神殿の代わりに、地下に密室を掘って男だけで寄り集まり、短剣で牛を屠って再生を経験するという風変わりな儀式である。」

(P118~119「第四章 ミトラ信仰とアルメニア正統使徒協会ーー四~五世紀のアルメニア」)

 

大事な宗教上の儀式なんですが、光景を想像するとなんとも不思議な気持ちになります。

何がそこまで当時の人々を惹きつけたんだろうと、やっぱり興味を掻き立てられました。

 

宗教と歴史

日本人だから、自分に興味がないからか(そっちだろう)、世界三代宗教とか歴史の授業で習う程度で「そういうもんだ」と思って生きてきました。

でも、初めから明確なかたちを持って宗教があるわけではなかったんだと、今更ながらに当たり前のことを再確認しました。

 

宗教って、人の思いが創り出すもの。

動物には宗教がありません。ある意味で、人が人たらしめるものです。

 

これだけ科学が発展しても、宗教は今でも程度の差はあれ世界中に存在しているし、場合によってはそれが争いのもとになってもいる。悲惨なことにもなっている。

 

だから、古代オリエントでもそれは多様な宗教があったんだということにまずは驚き

キリスト教がキリスト教として確固たる地位を築くまでにも様々なドラマがあったことに驚き

旧約聖書と新約聖書の圧倒的な力に驚き

驚いてばっかりなんですが、自分の考えの底の浅さを改めて思い知りました。

 

正直、本書のエッセンスの半分も解読できていないと思うのですが、「なんかこれは面白いなあ」と思えたのは良かったです。それって次に繋がる可能性。

もうちょっと好奇心を掘り下げていきたいと思います。

 

派生して思い出したこと。日本にやってきた聖書ストーリー

聖書はルネサンスの頃の宗教改革の時期に「活版印刷」が登場したことでその確固たる地位を不動のものにしたんだと思いますが

日本にも、聖書がやってきていたんですよね。

そして、江戸幕府が崩壊するまでのあいだ、隠れキリシタンによってひそやかに伝わっていたことを、昔河合隼雄先生の講演集で読んだことを思い出しました。

 

▽たぶんこれだったと思う。


物語と人間の科学

 

今回の古代オリエントでも、聖書ストーリーは各宗教によって解釈やバリエーションが豊富でした。簡単にいうと、各々が自分たちに都合の良いストーリーを選んだり書き加えたり改変したりしています。

隠れキリシタンによって密かに伝えられた聖書は、次第に日本独自の仕様になっていって、それは元々の聖書とはだいぶ変わったところもあったとかなかったとか。

 

日本は日本で、全然宗教がないわけでもなくて、仏教も入ってくるけど日本の文化やもともとあった神道と混じり合っているところもあって(明治時代に神仏分離が行われています)、たとえば西洋のものが明治以降にいっぱい入ってきても一見それをそのまま受け入れているようで日本独自の取り入れ方をしている。

そういうところに日本の宗教性があるんだろうなあとも思います。

 

わたしは、個人的意見ですが日本はやっぱり八百万の国なんだろうなあと思っています。

 

 

結び

宗教に詳しくない素人が、素人目線で適当に色々呟いているので、宗教に詳しい人からしたら失神ものかもしれません。(すみません)

興味を持ったことを、自分なりの視点で考察しているので、ご容赦くださいませ。

特にどの宗教が良いとか悪いとか思っていません。信仰そのものは個人の自由です。

今回は、ミトラ教と最終的には日本の宗教にまで話が及んでいて、本書の内容と若干ずれていますが、今回紹介した本はとっても面白くて読みやすいのでおすすめです。

 

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